Saturday, April 11, 2009

Peace-Building Exhibit by UW students / ワシントン大学学生による平和展示会

We stopped by the donuts shop, bought lots of various donuts, and then visited the peace-building exhibition held in University of Washington (UW) today. The host is the group of UW students.



今日は、まずドーナツ屋さんに立ち寄って、いろんなドーナツをたくさん買い(お店のおじさんに3つもおまけしてもらい)、ワシントン大学構内で開催された平和構築のための展示会を訪ねてきた。主催はワシントン大学の学生さん達。
















From A Culture of Violence to a Culture of Peace


Hosted by:
World Peace Buddhist Group


For a list of speakers, workshops,
and more information, please
contact wpb@u.washington.edu


Or visit webpage at
www.TransformSpirit.blogspot.com




















We need to take actions now at where we are now

Sunday, April 5, 2009

シアトル・タコマのお勧めスポット アート編

シアトル・タコマ国際空港(SEA-TAC)からI-5で南下すること30分

古いのに新しいアートが入り混じった、こじんまりした街、タコマにたどりつく・・・


!!??

これは、・・・ どこかで見た覚えが・・・ 

あ”~ ラスベガス! ベラッジオ・ホテルに入ると度肝を抜かれる、エントランス・ホール天井に飾られたガラス・アートそのものだ~! ・・・ ってことは、あのベラッジオのアートはこの街が発祥ってことだ!

知らなかった・・・
大発見!

このタコマにそびえ立つコーン・ヘッドが目印の、ガラス美術館 (Museum of Glass)
お勧めです。


フリーウェーの上を歩いて渡れる「ガラスの橋」 (Bridge of Glass)


もちろん橋自体はガラスでできているわけではなく、橋の上にガラス・アートが飾られている無料で楽しめる美術館ならぬ美術橋

ガラス美術館の施設内でもガラス・アートを購入できるが、お隣にもお店があり、そこでも十分に楽しめる。不通のお店だから入って見て回るのはタダ

綺麗というだけでなく、ちょっと変、というかおもしろいアートがたくさんならんでいる


美術館の中に入る(大人10ドル)と、ガラス・アートが見られるだけでなく、ワーク・ショップまで見せてくれる。実際に目の前で、どうやって作っているのかを見せてくれる!写真撮影もオーケー!


タコマはシアトルから少し遠いイメージがあったけど、意外と近かった
カークランドからでも405とI-5で約1時間弱で着いてしまう

シアトルでも桜が一斉に咲き始め、いよいよ本当の「春」到来!

Sunday, March 29, 2009

駐車場がレストラン!?

今日は久しぶりの晴天に恵まれた!


おなかが自然とすいてくる・・・

以前からずーっと気になっていたハンバーガー屋さんに行ってみる事に。

普通の駐車場・・・・
ではないらしい。
みんな車の中にいて、ハンバーガーを食べている。
車を止めると目の前に待っているのが・・・・
「メニュー」

サービスを受けたい方は車のライトをオンにしてください、と書かれてある。
よーく看板を見てみると・・・・

”DINE IN YOUR CAR"だって・・・
ドライブ・スルーならぬ、 「パーク・アンド・バーグ」 って感じ?

アメリカ人の考えることは、わからん・・・・・・

Saturday, March 28, 2009

日本の味・日本の寿司 シアトルにも見~つけた!

ついに・・・ とうとう・・・ 感激の日本の味と出会い、感激!



シアトルに住み始めてから既に2年もの歳月が流れ、あきらめかけていたが、

とうとう出会ってしまった!




アメリカン・ジャパニーズではない! 正真正銘のジャパニーズ・SUSHI!



そして、デザートなど普段はパスする二人だが、あまりの感動でついついたのんでしまった・・・


チョコ・エスプレッソ餅アイス

;;;;;;;;; う・・・う・まい! 絶対にお勧めの一品!!


シアトルに店を開いて13年・・・・



お店の雰囲気は和というよりも洋


厨房の中には西野さんを含め7~8人がひしめき合っている。


フロアにも西野さんの奥様をはじめとして、4~5人の従業員が忙しく立ち回る。


開店直後の5時半過ぎに席についたものの、あっという間に店は満席。


日本人客はおそらく私たち二人だけだったのでは?


ここは本当に日本食レストランなのか?と疑いたくなるくらいにアメリカ人客で埋め尽くされている。

とてもとても不況の風など感じられない。


西野さんご夫婦の誠意と真心が、13年という年月を経て、現在の勝利の土台を築き上げたように思えてならなかった。。。


「冬は必ず春となる」


苦しい冬を越えなければ、勝利の春は得られない

Sunday, March 1, 2009

「君が世界を変えていく」 / "The World Is Yours to Change"

2009年の読了一冊目は、
The first book I finished reading in 2009 was

池田大作著 「君が世界を変えていく」
"The World Is Yours to Change" written by Daisaku Ikeda


多くの人に読んでもらいたい本であり、私たちが日々の生活を通して「世界の平和と人類の幸福」のために行動する上で、人間として人間らしく生き人間のための社会を建設する上で、忘れてはならない「真実」がつまっている本である。

This is the book I want many people to read, and the book includes the "Truth" what we should never forget when we act for "the peace throughout the world and the happiness of all humanity" and when we try to build the society for human beings where all can live as human being".

*** 抜粋 ***
*** Excerpt ***

内戦の中、ある母に ―
「おまえはどの党を支持しているんだ?」
「知りません」
「おまえは”あお”(共和党)か、”しろ”(王党)か? どっちについているんだ?」
「わたしは子どもたちについています」
(ヴィクトル・ユゴー作 『九十三年』から)

She still looked at him as if she did not understand. The sergeant repeated ―
"What party do you belong to?"
"I don't know."
"Are you Blues? Are you Whites? Who are you with?"
"I am with my children."
―From Victor Hugo's Ninety-Three

もう殺戮(さつりく)は、たくさんだ!
暴力で暴力は解決しない!
命を守るという口実で、命を殺すことは、「殺(さつ)の連鎖」を広げるだけだ!
平和の実りがほしければ、平和の種を植えるしかない!
一人の生命は、宇宙の財宝を集めたよりも尊いのだ!
だから「市民が二名死亡」などと簡単に言うな。「ホセが死んだ」「マリアが死んだ」と泣け。
「一家五人が死亡」などと書くな。母と子と父の名を語れ。その暮らしを語れ。一家の飢えとの戦いを、その貧しき食事を、ささやかな希望を、言葉にならない思いを飲み込んで、肩を寄せ合って生きてきた日々を、時には笑顔で、井戸の水を一緒にくんだ朝を語れ。
  それらがすべて、むごいやり方で、こなごなにされた事実を、世界の人に知らしめよ。

とらわれない”生命の眼(まなこ)”から見るならば、あらゆる戦争は、「人類の内戦」なのである。
同胞(はらから)同士が殺し合う ― 内戦に”勝者”はいない。

"There's been too much slaughter! Stop the killing!"
Violence is never the answer to violence.
To kill under the pretext of protecting life only perpetuates the cycle of slaughter.
If we desire the fruits of peace, we must sow the seeds of peace.
The life of a single individual is more precious than all the treasures of the universe.
Do not report blandly, "Two civilians were found dead."
Rather, weep with us over "the death of Jose," "the killing of Maria"!
It is not enough to write, "Family of five dead."
No. Tell us the names of the mother, father and children and the story of their lives.
Tell us of their struggle with hunger, the meager meals they shared, the modest hopes they nursed.
Tell us of the days when they huddled together with no words to express what they felt, or of the occasional mornings when they drew water from the well with smiles on their faces.
Let the world know the details of their lives, and of the utter curelty with which those lives were destroyed.

Every war, when viewed from the undistorted perspective of life's sanctity, is a "civil war" waged by humanity against itself.
When brothers and sisters of the human family kill one another, there are no victors.

Saturday, February 28, 2009

花よ咲け 春よ来い

寒い さっぶーい 2月のオハイオ州シンシナティを、
今年は2度も訪れ、

身も心も引き締まったところでシアトルへカム・バーック!


東から西へ、約5時間のフライト

シアトルは、

温かかった!



妻と二人で散歩に出かけ

感じたものは




春への息吹




春を迎える歓喜

そして、



おいすぃ~イチゴをのせたアイスクリ~ム !

そして、

今まで何度も歩いた道なのに気がつかなかった ”熱いまなざし”。。。。


うわっ
い、いたんだ、
そこに、、、、、、、:)
大好きな詩
花よ咲け
何も咲かない そんな日は
下へ下へと
根を伸ばせ
(池田大作)

Friday, February 6, 2009

人としての道、教えるということ、育むということ (道徳と教育)

今、創価大学の通信教育で教育学を学んでいる。去年4月に始めたばかり。


まず最初に取り掛かったのが、「道徳教育」
そして、与えられた課題をテーマにレポートを書いた。。。


 そもそも私達が世代から世代へと受け継ぎ、進化させ後世に伝えていくものは、全て「世界の平和と人類の幸福」のために存在しなければならないし、またそうあるために役立てられなければならない。それは、様々な分野における技術であったり、学問であったり、政治であったりと形は様々であるが、人類社会を成り立たせる全てのものが平和と幸福のためになければならない。それを可能にする確かな軌道、正しい方向へと導くのは他の誰でもない人類社会に生きる人間一人一人であり、またそれとは反対に戦争と不幸という暗闇の方向へと人類を導いてしまうのも、同じく人間一人一人である。

 教育の分野においても漏れることなく全く同じ道理が成り立つのであって、さらにそればかりか、人類を平和と幸福の方向に導くのかそれとも戦争と不幸の方向に導くのかという点において、教育の与える影響とその責任は甚大なものである。「いったい永遠のものとは何であろう? それはそもそも正しいものと、正しくないものとの区別であるのだ。他の一切ははかないものである。」とキルケゴールが綴ったように、人類が歩む道も「正しい道」か「正しくない道」かのどちらかでしかないのである。正しい教育は人類を正しい道へと導き、正しくない教育は人類を正しくない道へと導く。要するに正しい教育は人類を「平和と幸福」の方向へと導き、正しくない教育は人類を「戦争と不幸」の方向へと導いてしまうのである。だからこそ教育のもつ責任は大きく、その教育が正しくあり続けるために全世界で永続的に見直されることが必要である。

 では、教育が正しくあり続けるために必要になるのは何であろうか。そもそも、「人間が人間らしく生きるためには道徳的であらねばならない」という観点から見るならば、教育活動においても同じ事が言えるのである。「人間が人間らしく生きるための教育」こそが「人類を平和と幸福の方向へと導く正しい教育」であり、その「教育」が正しくあり続けるために必要になるものこそが、「道徳」なのだ。

 ではここで、人類の明暗を決定付けるとも言える、この「道徳」の「教育」について述べてみたい。まず、「道徳教育」は一体誰が行うべきもので誰の肩に「人類の明暗」がかかっているかという問題についてだが、これこそが現代社会が抱えてしまった大きな落とし穴なのだ。「教育は、教師がやるべきもので、その責任は全て学校にある」などと言ってのけてしまう大人がいて、そういう大人達で構成される地域社会があって、その中で生きているのが現代の子供達なのである。「人類の明暗」を左右する責任は大人にあるのであって、教師や学校だけにあるのでは無いはずだ。言い換えれば、「道徳教育」は教師だけが行うものでもなく学校だけで行われるものでもなく、子供達を育む地域社会全体で行われるべきものであり、全ての大人が責任をもって行うべきものである。

 以上を踏まえ、私の身近にいる中高生の生き方について触れながら、「道徳教育とは何か、その必要性はどこにあるか」という問題についてまとめてみたい。

 今年の夏、私達夫婦は思いもかけずすばらしい出会いを体験する事ができた。ある壮年の方を通じて出会ったのは5名の高校生たちだった。全員が17歳である。H君は人々を幸せに出来る平和の料理人を目指し、T君は人人の幸福のために学者になると誓い、R君は世界の平和のために貢献できる人材になることを誓い、Y君は苦手な読み書きを克服して立派な建築家になることを目指し、そしてSさんは将来アフリカで活躍することを目標に掲げている。5人の内3人は親の離婚に伴う経済苦の中、昼間は働き夜学校に行くという挑戦の日々を送っている。なんと崇高な理想をもった青年達だろうか。しかし彼等のような中高生は数少ないのではないだろうか。彼等にあって彼等を支えているものは何なのか。それは彼等5人が定期的に勉強のために集まってくる家のご主人の誠実な「教育」なのだと感じざるを得ない。学校の先生でもない、ただ一人の親として、我が子を通して知人を通して知りあった青年達を迎える地域の大人の一人として、5人全員と真正面から向き合いながら彼等の成長と幸福を祈り誠実に接し共に学ぼうとされている。この姿の中に全てがあるように思えてならないのである。


 「道徳教育」とは学校だけで行われるものではなく、やはり家庭と地域社会がしっかり子供達と関わりながら大人たちが教えていかなければならないものなのではないだろうか。そして、「道徳を教える」ということは「大人が正しい生き方を背中で見せる」ということであり、「道徳を育む」ということは「大人が責任をもって子供達と真正面から向き合う」ということなのではないだろうか。




学は光


英知を磨くは何のため
君よそれを忘るるな


労苦と使命の中にのみ
人生の価値(たから)は生まれる