Sunday, June 8, 2008

デイトンで再会

デイトンで再会

日曜日の早朝。。。。

朝7時過ぎにホテルを出発。。。。。
GPSを頼りにデイトンのSGIメンバー宅を目指した。

フロリダで出会ったメンバーとの再会、デイトンでの新たな出会いの為に・・・



オハイオ州は何度も何度も訪れているが、
本当に本当になんにもない。。。こんなことを言ったらオハイオ州の人に怒られてしまうが、ローカルの人も薦められるものがないのが実情。。。

あえて言うなら、デイトンのエア・フォース・ミュージアム、シンシナティ・ダウンタウンのベースボール・スタジアムくらいか・・・・・両方とも既に3~4回は訪れている。(他に行く所がないから。。。)

今回新たに浮上したのはシンシナティ・ダウンタウンから程近い場所にあるアート・ミュージアム。妻が来たら早速行ってみよう。



SGIメンバー宅周辺は、すばらしい環境だった。
日本では信じられないくらいだだっぴろい、芝生の美しいグリーンに覆われた庭、大きな家、すべての住宅が同じような広さをもつ。



決して限られた数件の家屋ではなく、その一角全体がそういう土地だった。

久しぶりの再会、友の笑顔ほどうれしいものはない。
帰りがけ、思いもかけず手渡してくれたもの・・・・・
日本人の命とも言うべき「おにぎり」だー!!!!



こんなにうれしい贈り物は他にないだろう。
その心が本当にありがたかった。

帰り道もただただひたすらまっすぐな道。。。。
シンシナティ方面へ、南へ南へと40分ほど車を走らせる。




ホテルに到着後、早速いただいたおにぎりを胃のなかへ
ありがたさを噛み締めながら、心のなかへ。。。。

ほんとにおいしい!こころにしみるおいしさだ!!

で、おなかが膨らんだからか、ベッドの上で寝てしまったらしい。。。

電話の音で飛び起きた。同じホテルに滞在している同僚からだ。
二人で食材を買いに行くことに。。。



今日は暑い日だった。。。
私には「なんと心地いい暑さなんだろう」といえても、
フィンランド出身の同僚にとっては、地獄以外の何物でもないらしい。。。

車中、同僚が一枚のCDをみつけた。
私がどこに行くにも絶対に忘れないもの。。。。コブクロのCD
早速同僚が大音量でコブクロの音楽に聞き入る。



どんな反応がかえってくるか検討もつかなかったが、
これが気に入ったらしい!(心の中で、「だろう!」「最高だよ!」と叫びながら彼の感想を聞いていた。。。。)

「フィンランドでも同じような曲を歌うミュージシャンがわんさかいる」
「これはフィンランドの曲だ」
「これはいい!」
「フィンランドでも流行るぞ!」だって。。。。

うれしくなっちゃった。

「イタリアの曲にも似てるな~!」

フィンランドの曲もイタリアの曲もわからないので、今度聞かせてもらうことに。
やっぱり音楽に国境はないんだね。
音楽は特定の国民や民族の心を打つのではなく、「人」の心を打つものなんだ、と改めて思う。

Saturday, June 7, 2008

What do you broaden the wisdom for? – 6.6 Tsunesaburo Makiguchi’s Birthday

Saturday morning ……

Woke up later than usual due to tiredness after the first week in Cincinnati…

Had a super quick breakfast…. Egg & Ham Sandwich with Coffee…
It is cloudy from the morning, unfortunately…

Enough foods are still remaining….. Laundry has been done yesterday…….
Let’s “Study” today…

After attended the entrance ceremony of Soka University (Correspondence Course) on April 2nd, I started from “Moral Education”….. Still now, not finished! ….

Although it is a 100 page long textbook, I’m still in the halfway point as of today.


What I read today was shocking. (Although I must already learned everything in school days, I realized again.)
”What kind of Education do you provide? What kind of Education do you take? How important these matters are”………….

The textbook shows the changes of the “Moral Education” after the beginning of Meiji Restoration (1868) in Japan.

1890 (Year Meiji 23): All schools in Japan turned to be the place to educate only for the Emperor dominated Japan State. This system had last until the end of the World War II in 1945 (Year Showa 20).

“Moral Education for the State”…………..
“Moral Education for satisfying the politics’ needs”………….
“Education abused as implements for the politics and execution of the war”………….

We can easily say “It is not the Moral”, “It is a Wrong Education” today….
However, in those days, it was not easy……… just almost 60+ years ago…

But, even in that situation, there was a person who struggled against the power for Nichiren Buddhisum and Education through his life….. Tsunesaburo Makiguchi who is the founder of Soka Education.
Yesterday, June 6th, was his birthday.
Not for the State, Not for execution of the war, Tsunesaburo Makiguchi appealed the education “for the happiness of children”, and he was supported by pupil and guardians. However, he was expelled from schools many times by authorities that begrudged him.
Not for the State, Not for execution of the war, Tsunesaburo Makiguchi who is the first president of Soka Gakkai established the sense of value “for one’s Happiness”. And because of that, he was arrested by the military authorities, and died in prison.

He is one of the great mentors of my life.
What is Education for?

It is for “Peace” and “one’s Happiness”.It should not be only for the felicity of a few powers……… Forever!

The 2nd Soka Gakkai president Josei Toda, who was also an educator, was in prison together with Tsunesaburo Makiguchi, and liberated after Tsunesaburo’s death at the end of the war.

On September 8th, 1957, he announced the “Declaration Against Nuclear Weapons” at the festival of Soka Gakkai in Yokohama.
The torch in Hiroshima Peace Park will be quenched when whole nuclear weapons in the world are abolished.

The 3rd Soka Gakkai president Daisaku Ikeda, who is also an educator, founded Soka University at Hachioji, Tokyo in the year of 100th anniversary (1971) of Tsunesaburo Makiguchi’s birthday.
TO REALIZE THE EDUCATION FOR “PEACE” AND “ONE’S HAPPINESS” THAT FORMER PRESIDENTS MAKIGUCHI AND TODA ESTABLISHED.

英知を磨くは何のため - 6.6牧口常三郎先生ご生誕の日

土曜日の朝・・・・・

シンシナティでの一週間でたまった疲れもあって、いつもよりかなり遅く起床・・・・・

よく言えば「手早く」、正確に言えば「決して丁寧とは言えないやっつけ調理で」、卵ハム・サンドをつくり、
コーヒーと一緒にこれまた一気にかっ食らった・・・・・そもそもゆったりするのが苦手な性格なんだろう。。。



今日は朝からあいにくの曇り空・・・・



先週買いだめした食材もまだ残ってるし、洗濯も昨日やっつけちゃったし、
今日はご無沙汰していた「お勉強」だな・・・・・・

4月2日に通信教育生として夢の創価大学・入学式に参加して以来、最初の科目に選んだ「道徳教育」。。。。。 今だもって終わっていない!。。。。。

100ページほどの教科書なのだが、今日ようやく50ページ目に差し掛かった。。。。



そこで読んだ内容は衝撃的だった。(すべて学校で学んできたことばかりのはずだが、改めて再確認した。)

「どういう教育をするか、どういう教育を受けるか、という事がいかに大切か」・・・・・・・

明治以降の義務教育における道徳教育の変遷について書かれてあった。

1890年(明治23年):「教育勅語」の発布によって学校全体が天皇中心の国家に貢献する人材を養成する場となった。 ~ [教育勅語」で説かれる道徳的価値の体系は、国家のために勇気を奮い起こして貢献し、世界に比類ない国家の繁栄と天皇家の永遠の発展に尽くすということに帰一している。 ~ それは、天皇を神とし絶対化する愛国心・国家への忠誠というものであり、1945年(昭和20年)の終戦まで、道徳教育のあり方を支配したのである。

「国家のための道徳教育」・・・・・
「政治の要請を満たすための道徳教育」・・・・・
「国家の政治目的、戦争遂行の道具として利用された教育」・・・・・

今でこそ”そんなのは道徳でもなんでもない”、”まちがった教育だ”と言える時代だが当時はそうではなかった。。。。。たかだか60数年前のことだ。。。。

しかしその中で権力と真っ向から闘い一歩も引かなかったのが日蓮仏法流布と教育に生涯をかけた創価教育学の父・牧口常三郎先生だった。

ちょうど昨日、6月6日は、牧口常三郎先生の誕生日。

国家のためでもなく、戦争遂行のためでもなく、「子供の幸福のため」の教育を叫びきった先生は、児童・保護者の信頼を集めたが、それをおもしろく思わない権力者によって幾度も学校を追われた。

国家のためでもなく、戦争遂行のためでもなく、「人の幸福のため」という価値観を打ち立てた牧口・創価学会初代会長は、軍部権力に捕らえられ、獄死させられた。

偉大な偉大な人生の師匠である。

何のための教育か?

「平和」であり、「人の幸福」である。

一握りの権力者の至福のためであってはならない。。。。。。永遠に!



同様に教育者であった戸田城聖・第二代会長は、牧口先生と共に牢に入り、牧口先生獄死後、終戦と共に生きて牢をでた。
1957年9月8日、横浜にある三ツ沢競技場の式典で、「原水爆禁止宣言」。

広島平和公園の火は、世界から核兵器がなくなったときに消される。

池田大作・第三代会長もまた教育者として、牧口先生ご生誕100周年にあたる1971年(昭和46年)に東京・八王子に創価大学を創立。

牧口先生・戸田先生の「平和」と「人の幸福」のための教育を実現するために。

Friday, June 6, 2008

恐怖の夜 人生初のトルネード遭遇か!

結局、トルネードはヒットしなかった。。。。
しかし、本当に怖かった。。。。

ちょうど3日前の夜、シンシナティ入りして3日目の夜、妻と電話で話している間に3回連続電話がかかってきた。

妻との電話を切り、着信履歴を確認。。。。3回とも全て同じホテルに滞在している同僚からだった。
1日前に持病が再発して夜中に自力でERに行ったと話していたので、また再発か?何事だ?と思い電話をしようとしたら、また電話がなった。この同僚からの4回目の電話だ。。。

これは間違いない、何かあったに違いない、と思いながら電話にでると、いきなりでた言葉が、
「テレビを見てるか? チャンネル5をすぐつけてみろ。」
「つけたぞ。」
「今、トルネードが接近してる。3階にいるんだろ。俺の部屋は一階だ。とにかくテレビをつけておけ。本当にやばくなったら遠慮するな、俺の部屋に来い。パスポートをもって。トルネードはいつ進路を変更するかわからない。こっちに向ってきたら、あっという間にヒットする距離のところに今トルネードが発生しているから、とにかく俺の所にくるか、窓から離れて一番奥のバスタブの中にうずくまるかするんだぞ!一つ通り過ぎても次から次へと新しいやつが来るからな。わかったか?」
「わかった。ありがとう。」

。。。。。。。。。マジ?

かなりほんとにやばいじゃん。。。。

それから3時間、寝ることもできずただただテレビでトルネード状況をモニターしながら、大切なものをひとつにまとめ、部屋でじっとしていた。

恐怖の夜。

翌日職場で聞いてみたところ、トルネードの進路に更に近くにいた人は家族全員で家の地下室に閉じこもっていたらしい。

この辺は春になるとトルネードが当たり前の土地なので、ほとんどの家屋は地下室が最初からついて売られているらしい。

恐怖の夜が明けても、まだ豪雨がつづいた。

更に一夜明けて、ようやく穏やかな天気に。。。。。。

と思いきや今度は真夏のような暑さ!



フィンランド出身の、電話でトルネードのことを知らせてくれた同僚は、暑すぎてげっそり。。。



とことん暑いのが大好きな私は、まぶしい太陽の光を浴びて元気がみなぎる!



あ”~ 最高!!

Tuesday, June 3, 2008

再びシンシナティの地を踏む

前回出張から戻り、シアトルにしばらく滞在できたことは、やっぱりすごいことだった。。。。。


(雲に覆われたシアトルを離陸するとすぐに南方に見えてくるマウント・レーニア)

過去一年間の経験からすると、シアトルの我が家での長期滞在はそうそう長続きするものじゃないだろうなと心構えはしていたものの、正直言ってまた今回の出張が決まったときは「やっぱりそうだよねJ」って感じだった。

それでもシアトルにいたのは5週間!

普通、5週間なんて短いものなんだけど、去年の経験をベースに考えると5週間も連続して家にいられたなんて、すごい!・・・・

でもまた外に出て新たな出会いに恵まれるのはありがたい!


(シアトル・エリアを抜けると雲も消える)

シンシナティの空港に到着してまず驚いたことは、とても気温が高いこと。寒がりの私にとってはこれもまたありがたい!!

それにしても今回は航空運賃が異常なほど高かった。去年は往復4~500ドルだったが、今回は8~900ドルに跳ね上がっていた。この値段は乗り継ぎ便・・・決して直行便などではない。。。。燃料費の高騰が主な原因と言われているが・・・なので直行便なんてありえない、ありえない。


(冬は雪で遅延・欠航が当たり前のミネアポリス空港)

ミネアポリスで乗り継いで、シアトルの空港からシンシナティの空港まで6時間半もかかった。。。。毎度のことだけど・・・・・

また今度シアトルに戻れるのは5週間後のこと。。。とほほ。。。でも楽しんじゃえ!全てに意味がある!!


(シンシナティ入りした翌朝ホテルから見た朝日)

さあ!働くぞ!

"Nothing is impossible!!" - Cancer Fighter's Complete Victory



One Japanese lady living in Maryland, USA was diagnosed as Colon Cancer almost 3 years ago.

She has been confronting to her cancer.

7 months after she was diagnosed as cancer, her son encountered with a car accident and he turned into a vegetable condition.

Doctors despaired of continuing the life-prolonging treatment…

Her husband, his father, agreed with doctors…

However, she has never despaired. She could not despair…

Mother is Great.

She has been praying strongly every day and night just for her son.

One day last month, the Great thing occurred….

Her son opened his eyes, moved his eyeballs, moved his fingers, moved his foot!!!!!

And then after, she took the periodical medical examination of cancer……

Her doctor could not find any single cancer cell in her body……
Her cancer has gone completely from her body!!!!!!!!

Few days ago, her son was provided the special opportunity with aid of the country to take a special surgery at one hospital in Ohio State.

“NOTHING IS IMPOSSIBLE!” is true statement!

We sent her son a Thousand Paper Cranes…..that is 30 million hours prayer gathered from the people living in different countries in the world.



All of us really hope his Complete Victory as well as his mother made it!!!


“NOTHING IS IMPOSSIBLE!!!”

Monday, June 2, 2008

"Nothing is Imposible!!" 癌に完全勝利!

アメリカ・メリーランドに住む一日本人女性がちょうど3年前に癌と宣告された。
つらい治療にも立ち向かうように癌と闘ってきた。

宣告されてから7ヶ月たった頃、息子さんが交通事故にみまわれ植物人間に。

医者もあきらめた。

旦那さんも医者に同意した。

しかし、この母だけは決してあきらめなかった。あきらめられなかった。
そして、毎日毎日祈って祈って祈り続けた。ただただ、息子さんのことだけを祈った。

母は偉大だ。

2年半以上もの間、息子さんは植物人間のままだったが、つい先月のこと。。。。

ついに目を開けた!目を動かした!指先を動かした!足首も動かした!
そして、数日後のがん検診で、明らかになったことは。。。。

がん細胞がこの母の体から完全に消え去っていた。

医者にも説明ができない。ただ驚くばかり。医者にはありえない結果だった。しかし現実に!
息子さんが目を覚まし、母も癌を克服したのは、「母の強き確信」があったからこそ。

”NOTHING IS IMPOSSIBLE!”

数日前に国の補助でオハイオ州にある病院で特別手術を受けられることになった息子さんへ

世界中から寄せられた鶴を束ねた、三千時間の祈りが込められた千羽鶴。



母は勝った! 息子さんにも勝って欲しい!! 
息子さんの勝利こそが母の本当の勝利だと信じるから。



「不可能なことなど一切無い!」