Tuesday, July 17, 2007

空を飛ぶためのベーシック&グランド・リファレンス・マニューバー


7月2日は妻も一緒に最初のフライト。ほとんどウォード先生が飛んで見せてくれた。 (1.3時間)

7月12日、空を飛ぶためのベーシックを教わる。どういう操作をすると飛行機がどう反応するか基本中の基本を実際に操縦させてもらいながら体で確認していった。
フル・パワーで滑走。60ノット(110キロ)でテイク・オフ。800フィート(245メートル)まで一気に上昇。左に旋回しながら1000フィート(305メートル)まで上昇。左に旋回してエンジン・パワーを絞り90ノット(170キロ)に減速。ラン・ウェイを左に見ながらラン・ウェイと平行に飛行。ラン・ウェイのエンドを過ぎた辺りでエンジン・パワーを更に絞り、フラップを少しだして80ノット(150キロ)に減速しつつ下降。フラップを更に出してスピードをおさえつつ下降を続ける。この間左旋回しながらランディングのためにラン・ウェイに向かってアプローチ。ラン・ウェイと飛行機がライン・アップされたら更に更にパワーを落とし、フラップを出し、70ノット(130キロ)から60ノット(110キロ)に減速し、スームーーーズにファイナル・アプローチ。

アプローチがランディングの良し悪しの大半を決定するらしい。。。。ウォード先生曰く、ランディングの瞬間は決して難しいものではないらしい。アプローチが大切らしい。そしてランディング。。。。正直ランディングの瞬間が一番怖かった。。。。I still have ways to go..... テニスの王子様の決まり文句You still have ways to go「まだまだだね。」。。。知ってる人いるかな?私もさることながら妻がとことんはまっているテニスのお話(アニメ)だ。。。。

ちょっと話がそれてしまった。。。今日はここまで。。。 (1.1時間、累計2.4時間)

7月16日、名前も聞いた事がなかったグランド・リファレンス・マニューバーとかいうものを教わった。飛ぶ前にブリーフィングでどういうものか教えてもらってから飛んだ。条件は機速90ノット(170キロ)・地上1200フィート(370メートル)プラス・マイナス100フィート(30メートル)・最大バンク・アングル30度。。。。

地上に見える道路とか建物とか湖とかを目印にして四角い軌道をレクタンギュラー・パターン。円を描くように飛ぶターンズ・アラウンド・ア・ポイント。一直線上をまたぎながら右・左・右・左とS字を描くように飛ぶエス・ターンズ。。。。。今日はレクタンギュラーとターンズ・アラウンド・ア・ポイントを練習した。エス・ターンズは次回か?少し霧が濃かったのでウォード先生の判断でトレーニングは中断された。といってもテイク・オフ2回、ランディング2回。。。。前回と比較して明らかに今回のほうがランディング時の恐怖は少なくなった。油断は禁物!そう、自然を相手にする以上絶対禁物!! 波にのるサーフィン同様、風にのる飛行機も恐怖感をなくしたら最後だろう。。。。 (0.9時間、累計3.3時間)

ウォード先生のご指摘:
1.テイク・オフ時は単発の飛行機の癖で自然に左に旋回しようとするので、いつも右のラダーを使うように。少しヨーク(操縦桿)も右に。
2.時々見られるが、コック・ピットの外(左右)に注意を払っているとき飛行機が傾いている事があるので、外(左右)と中(前)に均等に注意を払うようにして、一点に集中しないこと。
3.これもまた時々見受けられるが、やさしいスムーズな操縦を常に心がけること。要するに車の運転に例えれば、急ハンドル・急ブレーキは禁物。

次に飛べるのはいつかな~
あ~待ち遠しい~~~~

ソロ・フライトに向けて必要な手続き:
にアクセスしてバックグラウンド・チェック、メディカル・チェックを済ませてソロ・フライトに必要なステューデント・ライセンスをもらわなければならない。フィンガー・プリント(指紋)まで登録するらしい。。。。

Monday, July 16, 2007

中越沖地震・・白衣の天使の勇気と使命(誇り)・・そして

アメリカ時間の昨夜、CNNのニュースで”日本の新潟・柏崎あたりで震度6強の地震があった”と流れた。すでに眠りモードにいたわたしに主人が教えてくれた。しかしここはアメリカ・・・しかもホテルのテレビなので日本のニュース専門チャンネルを見ることが出来ない。

さっそくインターネットで調べ、、新潟・柏崎や長野県などで震度6強、能登輪島などで5強の地震があったとしり驚いた。つい3月に能登沖地震があったばかり、そして新潟は2-3年前にもあったエリア。
長野に住む友達にメールを入れてみた。(こういう時は電話はしばらく不通になることが多いといわれているので)

”すごく揺れたけどこちらは無事でした。仕事はオフだったけど、看護師長にすぐ電話をいれ、出勤をしたほうが良いか確認したところ。”と書いてありました。

そう私の友達は白衣の天使の看護師なのです。白衣の天使の名のもとに、隠されている過酷なお仕事、そして生・死を見届ける尊いお仕事・・・本人達にしかわからない苦闘を日々つづけいている彼女達。 けれど、彼女の言葉の中に自分の使命を自覚した勇気ある行動を知るとき、だからこそ彼女達は崇高な白衣の天使と思わずにはいられない。そして彼女達(彼ら)の存在に心から感謝します。

かなりの死傷者数、数百の家屋の倒壊としりました。いつもながら被災者の方々に、自分は何を出来るのかと?思う。ましてや日本から離れたアメリカから。。。被災をしていない自分が言うのは簡単なことだけれど、だけど、だけど、希望から生み出される人間の力を信じたい。そしてどうかどうか復興への希望を見出して欲しいと心から祈りたい。


一方、アメリカでは、国を守るため、愛する家族を、友人を守るためと、イラク復興部隊として日々多くの若者達が送りだされていく。そして、悪い言葉だが、今では日課のニュースのように、イラクで亡くなったアメリカ兵士たちの名前、年齢が読み上げられる。
そして亡くなった兵士の家族の言葉が届けられる。みな、”国のため、愛する私達のために、戦い、なくなった自分の息子を誇りに思う。”と語る。
その言葉を聞く度に悲しみと怒りを覚えずにいられない。”愛する息子だからこそ、戦争などに送って欲しくない。戦争に反対してほしい。必要のない戦いで命を起こすのは馬鹿げていると、声を大にして叫んで欲しい。”

イラク戦争終結後の死傷者の数は戦争時の数字をはるかに超えている。アメリカでは死傷したアメリカ兵士のことしか語られないが、その裏には同じように罪のないイラクの民間人が多くなくなっているのである。戦いは戦いをもってしては決して終わらない。また新たな憎しみと戦いを作り出すだけだと思う。

間違った教育、そして間違った指導者のもとに導かれているアメリカ。どうか若者が秘める限りない可能性を奪はないで欲しい。 勇気と使命(誇り)を正しい方向へ導いて欲しい。それが私達大人の役割なのだと痛感します。

そして世界で唯一原爆を被災した私達の国、日本・・・だからこそ平和を訴える力を持っていると感じます。

えらそうなことをたくさん書いちゃいました。”そういう自分は何が出来るんだよ。”といわれちゃいますね。 今、アメリカにいるからこそ見える両国の良いところ、悪いところ。。。そういう中で自分に出来ることは、国籍を問わず沢山の友達を作ること。語ること。平和は遠くにあるのではなく、身近なまわりから作り出され、広がっていくものと信じています。

命の尊さを教えてくれるたくさんの友達を持ったことに、心から感謝しています。だからわたしも誰かのそんな友達になりたいです。

Sunday, July 15, 2007

しばし近場で休息を

休みになると元気に飛んだくる二人だが、今日はさすがに昨日の海の疲れが若干残っていたのか、珍しく二人そろって「今日は近場でゆっくりしようか~」。。。。。
で、地図を広げ、ここに川が流れてるから行ってみる?ってな感じでドライブへ。。。



                                                                                                                           



                                  

といってもほんとに近場。車で20分くらいかな~。。。

トンボやメダカがいて、まるで夏休みに田舎のおばあちゃん家に遊びに来たような錯覚をおぼえる。。。。。








                                                                            でもここはやっぱりダ~ラムさ~~~。。。。

午後3時過ぎ。。。。さすがに耐えられなくなった。。。。。二人でテニスコートへ。。。。まだ暑いというのに二人とも汗だくになりながらテニスを楽しんだ。。。。やっぱりじっとしてられない二人なんだね~~~!

Saturday, July 14, 2007

ウィルミングトンのライツビル・ビーチはサーファーだらけ

またまたビーチに来てしまった。。。。
どうしても皆が進めるスモーキー・マウンテンの方ではなく、ビーチに向かってしまう。
どうしようもない習性だね。。。。

今日はダーラムから車で2時間でいけるウイルミングトンのライツビル・ビーチだ。。。
たまたまだが、サーフィンのコンペティション・イベントが行われていた。
見渡す限りサーファーだらけ。。。。

なのでサーフィンをするにはサーファーが多すぎてあぶないと思い、二人でボディ・ボードをレンタルし、挑戦してみた。。。。

簡単だろう~と思いながら海の中へ。。。これがなかなか難しい!。。。というより、どうやって波に乗るのかわけがわからない。。。。サーフ・ボードで波に乗るほうがよっぽど簡単。。。(立ち上がるのは当然別の話。。。)

二人で試行錯誤しながらもプカプカ浮いているだけで楽しい!楽しい!!
周りに上手な人がいれば見てまねるのだが、だーれもやってない。。。。唯一見つけた少年は砂浜の波打ち際でぷっかぷっか。。。。

そうこうしている内にたまたまスイート・スポットにはまったのだろう。。。。一気に波に乗って体とボードが滑り出した!。。。。。なーるほど。。。。。なーとなくわかった。。。。。妻も彼女なりに少しコツをつかんできたのだろう。。。滑り出した。。。それからが大変だった。。

二人とも真剣に遊んだ!時間が経つのも忘れ、波に乗っても乗れなくても次の波をとらえるために沖に向かった。。。繰り返し、繰り返し、。。。天気はあまりよくなかったが水温は温かかったので、いつもなら寒くなってすぐ陸に上がる私もず~っと遊んでいられた。。。。。正直二人とも子供に戻ったように真剣に遊んだ。。。。


本当であればまだまだ楽しむ予定だったが、空の色が黒くなって海の向こうでカミナリがピカ! ゴロゴロ!! やばい!来る!!っと急いで荷物をまとめ引き上げざるをえなかった。
不思議なことに空の色が黒くなるにしたがって、海の色がエメラルド・グリーンに変色していった。。。。

とにかくストームが来るので二人で海を後にした。。。。
ホテルに戻ってシャワー。。。。。二人とも一生懸命に遊んだあかしを発見。。。。
おなかにボードでできたあざだらけ。。。オー!ノー!
楽しかったから、ま、いっか!

Friday, July 13, 2007

ダーラムの物価はとても高かった。。。

日本の物価と比較すればアメリカは安いと思い込んでいたが。。。

食材を普通のスーパーで買っても、たっかい高い!

日本であればこれくらいの量であれば4~5千円ってところだが、ここダーラムではなんと、70ドル!
70ドルである!たっかい!!

きっと日本に帰ったら「安いねー」なんて言ってるのだろうか。。。。?

しかし土地、家、電気、水道は全て日本に比べて安いようだ。
土地は容易に理解できるが、有り余っている。家が安いのもそのため。。。
ノース・カロライナは驚くことに雨の街シアトル以上に年間降雨量が多いらしい。
だから水道・電気が安いのか? 定かではないが。。。
水が豊富かつ湿度の高いノース・カロライナ州だからこそ美しい自然がいっぱいなんだ~きっと。。。

マイ・ドリーム。。。パイロット・ライセンス。。。20年かかってスターーーーート!!


17歳。。。高校2年生の夏休みを直前に控えた暑い日だった。。。

雲ひとつ無い真っ青な空。。。セミの合唱の声がうるさく鳴り響いていた。。。


授業中だった。。。何の授業か先生が誰だったかなど全然覚えていない。。。

しかしひとつだけ心に焼き付いて忘れられない事がある。


教室の窓ガラスをいきなりがたがたと鳴り響かせるほどの爆音がまさにドップラー効果で私の左後方から左前方に向かって過ぎ去っていったのだ。。。。


F-16という戦闘機が訓練飛行で高校のまさに上空をフライ・バイしたのだ。。。(当然トップ・ガンのマーベリックがやってみせるフライ・バイとは全然違うが。。。)

* 私が知る限り、後にも先にも高校上空で訓練が繰り広げられたのはこの日以外記憶にない。。。学校だもんね。。。授業になんないよね。。。


授業が終わったと同時に友達たちと一緒に屋上へ。最高の光景。それはそれは美しく、その爆音は騒音でも何でもなく、なんともいえぬ心地よさだった。。。。


以来私は飛行機野郎。。。空を飛ぶことだけを夢見て生きてきたと言っても過言ではない。。。

* 断っておく。。。私は戦闘機が好きなわけではない!戦争にかかわるもの全て絶対反対だ。ただただ、空を飛ぶことに魅せられてしまった。。。


書き尽くすことなどできないが、いろいろあった。。。。。。そして、今、アメリカの地で、20年以上かかったが、、、ライセンス取得の為のトレーニングがスタートした!!!!


これまで支えてくれた妻に、そしてたくさんの人々に、心から感謝の気持ちをここにささげる!!


(載せた写真は見ての通り双発機だが、私が最初に乗るのは当然単発機)

Monday, July 9, 2007

眠れぬ夜 そして使えぬドライヤー


昨日の夜、妻は暑くて眠れなかったらしい。。。。

朝出社する前にフロントで再度クーラーの修理を依頼。


しかしまたも約束の時間が過ぎ去り、妻も耐え切れずフロントへ。。。

たまたまエレベーターで出会ったマネージャーにわけを話したところ、すぐに対応してくれたようだ。


ところが。。。。コンプレッサー交換が必要だとか。。。。予備もない。。。。


ということは。。。。そう、ルーム・チェーンジ!私も電話で状況を聞いてすぐにホテルに戻り、二人汗だくだくになりながら全ての荷物を移動した。。。。


引越し先が隣の部屋だったのでさほど大変ではなかったが。。。。その部屋は4月以降2ヶ月以上すごした部屋だ。。。。やっぱり戻ってきてしまった。。。。


クーラーはすっばらしく利いていた。これで今夜はぐっすり眠れるぞ!


と、喜びもつかの間、妻がまた何かを見つけたらしい。。。。今度はドライヤーが使えない。。。調理用ナイフがない。。。。(包丁が無いのは知っていたが)


そんなに難しいことではないはずなのに、ちゃんとしてる部屋はないの?

ま、また明日フロントに言って何とかしてもらおう。。。。。。